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WRC/ラリー

2016年11月19日 (土)

ヒーロー特撮にいかが?

 あまり日本ではファンがいない「ダカール・ラリー」。私は好きですけどね。ミツビシが撤退してから「気にしなくなった」と言う方も多いかと思います。またワークス対決が無くなりましたので興味も薄れたのかな、と。VW、MINIと昨年除いては1社独占状態でしたし。MINIも撤退しましたしね。

 私はGr.Bがなくなり、ダカールに活路を見出していた頃が一番好きでしたかね。モンスター・マシンでした。でミツビシが普通の車から、プロカーに改造してから、これまた面白くなりまして。要するに「モンスター・マシンが見たい」と言うことでしょう。とりあえず優勝マシンは買い続けておりますが、MINIの時代は面白くなかったです。

Img_3194SPARK
プジョー2008 DKR16
ステファン・ぺテランセル
2016 ダカール・ラリーWINNER

 昨年のマシンも「モンスター」に見えましたが、今年のマシンはソレに加えて”かっこよさ”が出てきましたね。これ実車よりもミニカー栄えして、非常にお気に入りであります。

 私気付かなかったんですが、スペアタイヤを両サイドに収納していたんですね。コレが悪路でウ~ィンと下がって6輪走行に!。

 いや、まるで特撮ヒーローモノに出てくるかのようなカッコいいマシンですよ。またレッドブルのカラーリングもいいじゃないですか!。

 ふと。「あれっ?昨年のDKRミニカー、どこへ行った??」であります。せっかく並べようと思ったのに・・・。毎度のことですけどねぇ。で古いミツビシが目の前にあったり・・・。

2016年10月 3日 (月)

最初の1台

 すみません、ちょっと仕事で”場”を離れておりまして。「もうやめたのか?」と思われた方もあったそうですが、12月まではやりまっせ。

まぁいいですよ、お客様とは言え「アンタらの方が詳しいだろう?」にも関わらず、イベントに「私等はわからないから来てくれ」と。地元ですよ!、土曜日の早朝から安ビジネスホテルに宿泊。朝6時に集合し、ホテルに戻れるのが夜11時くらい。そして、そこから「わからないんで」「質問を受けて」・・・寝れたのは3時近かったと。食事もとれたのが昼くらいでした。

 あのねぇ、まぁいいや。しかし痴呆じゃない地方公X員のやることですよ、「お金が無いから宿泊費は出せない」。これ最後に言いますから。日曜夜に帰るつもりが、また始まりまして。「食事しながら、なんて」で、食事代は割り勘。それが見えていたのでお酒飲まずに、ホテルを4時過ぎに出発。自宅で寝てから、先ほど帰社したと。

 さて本題に行きましょう、オシマイと言いましたので、今回は古い話です。自分に対する”思い出”だけであります。

 若い頃はずっと車やAFVのプラモデルが趣味の中心でありました。が、まだ当時は知識も素材も少なく、自分なりに作っておりました。が、やはり納得できなかったのでもあります。

 戻りますが、かなり以前「プラモデル作っているが接着が出来ない」と相談されたことがあります。接着に”木工用ボンド”使っていたんです。そりゃ無理ですよ。↑同然。

 他県の大学に入学し、その地の大手ホビーショップで見つけたのが、今に繋がる1/43ミニカーでありました。当時ミニカー=トミカでしかなく、「トイじゃん」でした。が、コレを見た瞬間「何、コレ!?」と驚きました。今も覚えておりますが最初に購入したのが

ImagesBANG
フェラーリ250GTO


 でした。本当はロードカーかつフェラーリ・レッドが欲しかったのですが、店頭にはコレとシルバーでしたかブルーでしたか、それしかなく、一番気に入ったモデルを買いました。ただ、どのレースに出場したのか覚えていません。スパだったのか?。これが1台目であります。ティフォシでありますし250GTOは今でもカッコいい。

 そして数日後もう1台購入しに

Sl1000BOX
AC コブラ


 カラーは”コブラ・ブルー”でした。この2台は間違いなく87年に購入しています。下宿生活でしたが、バイト代が海外1/43ミニカーに変わっていく。たしか当時は¥1,500位だったお思います。一人暮らしには、こたえましたが。食事がポテチに変わるなんて毎度でした。

 88年だったかもしれません、旧ビテス WRCランチア・デルタHF 1987も買いました。これはサイドミラーを自分で接着しないといけなかったんです。あの旧ビテスBOXでした(画像が見つけられず)。これまた「こんなミニカーってあるんだ!」と言う、当時では良い出来でした。

 実は就職が決まり、引っ越しの際にミニカー数台他を詰めた箱を、引っ越し業者が無くしてしまい、今は手元にありません。頭来たんで5万円位もらった覚えです。なので画像は拝借。

 こう言ったモデルは当然好きでしたが、88年から急に旧ビテス グループと言うかブランドと言いますか、F1とGr.Cを始めまして。昔からF1好きでしたが良いモデルや現行マシンがない。Gr.Cも当時ピッタリでありますから、これらを買う様になりました。で、色んなショップをまわりましたねぇ。

 今ではありえませんが、88年F1マシンの実車(ショーモデル)やミニカーがデパートに並び、F1専門コーナーなんてのがありました。なので比較的買いやすかったです。ただ88年モデルに関してはヘルメット触ると、プリントがはがれる、なんてこともありました。そして中嶋やセナ等は完売が続いていました。本当にF1バブルでした・・・。

 その旧ビテスもPMAに押されたのか、結果解体に。現在そこから派生したメーカーixoやサンスター、新ビテスに金型が流れた、と言うわけです。

 しかし本当に懐かしい。また、もし引っ越し業者がミスしなければ、本当思いますよ。引っ越し前にF1他”お気に入りモデル”を自宅に持って帰ったのは、今思えば正解でありましたが。

 でもBANGは今でも買える、と言うのは何となく・・・まぁ良いですけども。他により良いモデルが出ちゃったんですから。

 

2016年9月22日 (木)

好き過ぎて、なんでしょう、そして面白い

 スーパーカー小僧が大好きで、その後もファンの増えているマシン

Lanciastratosランチア ストラトス

 であります。

 ここでロードカー云々を色々書きますとオーナーに叱られますので、ここはラリーとレース話を、です。

 ご存知の通り、WRC始めラリーで勝つのが優先された車です。Gr.4規定にてフェラーリ・ディノ エンジン供給の遅れから面倒なことを行いながらも、75年から81年まで使用されたマシンです。そしてランチアがフィアット傘下に入り「ストラトスでは儲からない」とフィアット131をWRC専用マシンにしながらも、プライベイターが活躍した、と。

 が、ラリーは置いておきます。昔にもシャルドネ ダルニッシュの伝説のラリーも書きましたから。ここは少し面白い話を。

 ストラトス=ラリー、コレは当時も今も変わらないと思います。実際に私も見ておりますがコーナーでアクセル オフした瞬間に180°回ってしまう。まさにラリー・カーであります。が、なぜだか、これをレース向けに考えたプライベイターがありまして・・・。

46541SPARK
ランチア ストラトス
1976年ルマン24時間レース
クリスティーヌ・ダグレマン/レラ・ロンバルディ組


 完走20位です。レラ・ロンバルディは女性F1ドライバーとしてご存知の方も多いと思います。クリスティーヌ・ダグレマンも女性であります。余談、私、コレ入手したんですが、どこか奥に行ってしまったようで(汗)。画像拝借です。(ixoも発売しましたね)。

 さて、このマシン。よく読むとWRCプライベイターであったシャルドネが提供しています。76年はストラトスが活躍していた時代で、レースには不向きであろうストラトスをなぜ使用したのか?。まぁラリーが行けるならばレースもだったかもしれませんが。翌年からフィアット131がワークスになることを踏まえた、としても不思議であります。

 と言いますのも

Img_3104SPARK INTERNATIONAL
ランチア ストラトス
ツール・ド・フランス 1976年
ジャン・クロード・アンドリュー/ミシェル・エスピス・プチ(ビシェ)


 前々回に書きましたが、ストラトス大好きでイタリア等のラリー選手権で活躍していたラリーストが、ルマンで走ったマシンをママ走らせるんです。比較しても”同じじゃん”です。ただシャルドネではない事から売却されたことを感じます。この辺は当時の雑誌内容覚えていません。

  記憶違いかもしれませんが、、シャシーナンバーの表示された書物が、どこ行ったやら。違ったらごめんなさい。ただ記憶では全く同じマシンであり、ルマンが6月で、ツール・ド・フランスは9月で間に合わなかったのでしょうか、ママ使用しています。早々にリタイヤですが。が、ツール・ド・フランスは長距離ラリー。いくらターマックが多いとは言え、この様なサーキット用マシンを使うかね?と疑問に思いますが、アンドリューがストラトス ファンであったので、とりあえず使用したのかもしれません。間に合わないとか?。この時期、フィアット131がワークスになる、と言うことでワークス含めプライベイターもストラトスを売っていた時代でした。ラリー以外も考えるのは当然かもしれません。82年からはGr.Bになりますし。

 そして、このマシンは翌年にルマンで使用されることに。が、もちろん過去にも同じシャシーを使用したマシンはありました。が、違うカテゴリーに同じ形状で登場させたこと、これが私には面白い。ストラトスらしい、かもしれません。

Img_3SPARK
ランチア ストラトス
ルマン24時間レース 1977年
ジャン・クロード・アンドリュー/マリアンヌ・ホプフナー


 これまた女性陣であります。リタイヤしますが。だからどこに片づけたの!と自分に腹立ちます。このマシンは当時の雑誌媒体でも多数紹介されていました。これ以前に所有モデルにて書いているのですが、見付からない(汗)。

 さて、J.C.アンドリューがツール・ド・フランスに、このまま使用したことを考えてみます。あり得ないはず。実際にツール・ド・フランスと言った長距離ラリーに、レーシング・マシンをそのまま使うかね?。ターマックがメインとは言え段差やグラベルも通ります。フロント・スポイラーはどうなる?。ラリー慣れした人が、と非常に興味が湧きます。

 アンドリュー氏はストラトス贔屓、わかっていますが、他チームでストラトス使用するチームはラリー仕様でした。だから何故?。その後にはフェラーリ308GTBに目を付けたのでしたが?。私にとったは面白い話でありますが。

何を言うのだ、GR.5で走ったではないか?、ストラトスはレースでも速いんだ!

1024pxlancia_stratos_turboこれですね。
私等はタミヤの影響を受けました。
ツールド・イタリアです。

 が、コレはエンジントラブルでリタイヤ。レースでは走っていません。他のレースでも走っていないと。日本でイベントで星野一義が走りましたが。ROSSOだったと思いますが、現在ㇾストアされ欧州にある同車が掲載されていました。
 
  
 これにてセコハン店で入手したモデル話はオシマイです。

2016年9月20日 (火)

308GTB Gr.4

 ご存知のとおり、フェラーリは予算削減からF1以外のレースから70年代に撤退します。その後はプライベイター任せになりました。

 が、数人「フェラーリ308GTBならばラリーで勝てるぞ」と考えた方がありまして、またそれにジュリア―ノ・ミケロッティ(ほぼワークス、そしてランチア・ストラトスを成功に導いた方)が乗っかりまして出来たのが

Img_3099ixo
フェラーリ308GTB Gr.4

ラリーストやラリーは後述します。

 でありました。今回入手した1台です。さてこのマシンはFRPを使い、軽量化やエンジンのボア比を高め出力アップを図ります。そして名長距離ラリーやイタリア選手権を皮切りにWRCをも視野に入れたわけですが、車好きの皆様にはお分かりでしょう、「308がスノーやグラベル走れるのかな?」、そうなんです、これを無視してでも参戦だったようです。しかし1978年にデビューを飾り、これまた「308にほれ込んだ」ジャン・クロード・アンドリューにより81年のタルガ・フローリオで優勝を飾ります。このドライバーはストラトスにほれ込み過ぎて、面白いマシンにも乗ります。これは後日書きます。

 このモデルもアンドリューのマシン。コ・ドライバーはミシェル・エスピノス・プチ(ピシェ)と言う女性。アンドリューとはいくつかのラリーに参戦しました。教えてください「Biche」と言うニックネームで参戦していますが「Biche」って何?。いずれにしろ長くラリーに携わった方でした。モデルは1981年ツール・ド・コルセであります(リタイヤ)。

 81年はこのツール・ド・コルセのような長距離ラリーとでも言いますか、当時のERCにエントリーしタルガ・フローリオでの優勝等、シーズン2位を獲得します。そしていよいよ82年イタリア選手権で、同様に308に御熱心だった、アントーニノ・トニーニャがチャンピオンに。が、知っていたんですね「イタリア選手権はターマック中心だったから」と。さぁWRCだ。そこに横やりが入ります。親会社フィアット。利益とマーケティングにて、GrBのランチア037に変更されます。まぁミケロッティも以降ランチア037で有名になるジョリー・クラブに308を預けていたこともありますが。また「ストラトスでは儲からない、フィアット131だ」と言っていましたしね。商売はキツイものであります。WRC参戦をあきらめ、その後はプライベイターに販売されたらしいです。そういえばMARTINIカラーもありましたね。

Img_3100隔週フェラーリ コレクション
フェラーリ328GTB Gr.4
アントニーノ(トニーニャ)・トニーノ/デ・アントニオ・マッシモ
1982年 タルガ・フローリオ WINNER


 これまたゲットの1台。ただしやはり安価版なので省略されたマッド・ガードは再現しましたが。間違いなくixo製です。トニーノも308に期待を寄せ当初から携わったラリーストでした。

、308Gr.4はターマックでしか力が発揮できなかった、これはラリーストの話からも本当でしょう。計4台しか作られていない、と言われていますが詳細は不明みたいです。日本では恐らくパイオニアのスポンサーでブルーカラーが有名に思います。これまたアンドリューが乗っています。

 長くなりましたがミニカーの話へ。この308Gr.4は昔からずっとスルーしていました。昔はBESTや旧ビテスが出していました。が、見たモデルが悪かった。旧ビテスだと思いますがロールバー省略と328GTBをそのままGr.4にしたり。BESTはGr.4のリアホイール・ハウスの拡大を再現していますが、全体感がイマイチで。

 またプライベイターが328そのまま走らせていたので、まだ知識の無かった頃は「これはGr.4モドキだ」とスルーしていました。後年BESTはプライベイター308とGr.4両者を発売していたことを知りまして・・・(汗)。ちなみに↑パイオニア・スポンサーはBESTが発売しました。あぁと言っても遅いですわね。これは有名かつ写真に使われたマシンでもありました。ただやはり古いモデルですのでixoには劣る部分はあります。このセコハン店にもBEST製のプライべイターがたくさんありましたが、全てスルーで。

 もっと恥ずかしいのが「ixoが発売していた」ことを最近まで知らなかったことです。数は少ないみたいですが。ま、いずれにせよ「欲しいなぁ」が入手できたこと、これはうれしいのであります。

 今回も記憶を頼りに正確かどうか?調べて書いておりますが、もしミスがありましたらご指摘ください。

 さて次の問題です。「308GTBはその後にルマン仕様に改造された」と言う話。それも「Gr.4仕様」。これがイマイチ不明であります。年代から探しても、あるにはありますが全く違うボディーワークで。改造されたのかも見付かりませんでした。この時代ルマンのプライベイターもいろいろ考えましたので、これは是非に知りたいのですが・・・。

 さて今回ゲットしたモデルで書けそうなのはこの位です。やはりロードカー中心になりました。

 この30Gr.4 でありますが、名ラリーストでも結果もともわないBESTのモデルが異様に高かったので聞いてみました。理由は「タバコ・ロゴが入っているから」だそうで。では、と思い「これ優勝マシンですけども?」と聞きましたら「それは関係ないですね。オリジナルでタバコ・ロゴが入っていた方が”受け”が良いんですよ」と。

 これっておかしくないですかねぇ??。まぁ総合セコハン店と言うことで、簡単な話なんでしょう・・・。で、なんと仕事場近所の”スーツ多売店”がセコハン店に変わる、との新聞広告が入りましたぁ・・・。多分行かないでしょうが。新規開店に良いモデルは無い、どなたかの言葉でございます。

2016年8月18日 (木)

不思議なモデルでした

 私はまだ死んでおりません!。まだ体調戻りませんけども・・・日にち薬です・・・。

 さて29日に発売された中に1台「待っていましたぁ」モデルがございました。

Img_3034PMA
フォード・シエラRS コスワース
アイルトン・セナ
1986 ラリー・テスト

 これを”テストカー”と呼んでいいのやら?。
と言うのも、このマシンは英国の”Rally sports”誌にて、特集として”乗せた”マシンです。記憶が定かではないのですが、これがアナウンスされた(10年以上前だよ!)際でしたか、どこかが勘違いして案内したことがありました。いわく”F1に絶望したセナがWRCを目指した”・・・じゃないんです。もちろん86年にモータースポーツ誌読んでいましたが、もしセナがWRC目指すのならば掲載されていたでしょう。私もシエラに乗ったのを知ったのは後年でしたから。

Sennarallycars セナは”Rally sports”誌にて、英国ラリー・チームであるブルックリン・モータースポーツ、オーナーはフィル・コリンズ(Notジェネシス)のチームのマシンに乗ったと。その1台であります。セナはラリーには興味が無かったようですね。「非常にドライブが難しい」と語っているようです。

 向って左側の、MGメトロは既に旧ビテス・グループから発売されていますね。YOUTUBEに当時の映像が残っております。

 さて、私はシエラRSが結構に好きでありましたし、セナが乗ったと言うのも面白く、発売アナウンスから狙っていました。当時はシエラRSはETCC等に出場していたマシンを多数発売していましたので、当然「ツーリングカーをラリー仕様に変更するのだろう」と思っていました。

 が、残念ながらレジン製でした。で、これまた不思議に感じたのですが

Img_3035隠しデカール

 これ付いていました。なぜにPMAが?。

 本当、なぜこんなことが出来るのでしょう?。ならば他のモデルにも出来ないのか?。
 どうやら、これ”日本向け”みたいですねぇ。K社が作ったのかな?。
 
 さて、これからは個人的感想です。

Img_3037 正直な感想ですが、出来が気に入りません。これならば”なんちゃって”でもツーリングカー(ダイカスト)でごまかしてくれた方がマシな思いでした。

 結構に手抜きを感じまして。スペア・タイヤをリアに積んでいますが、これが一体成型(?)で半分しか再現されていない、これが目立ちます。これは個体差かもしれませんが、デカールの発色も悪い、そして最悪なのが四輪接地してもボディが傾いている・・・。大昔のレジンモデル?かと。これは頂けませんでした。またセナ・コレクションは必ず、ドライバーを乗せていましたが、今回は無し。残念。

 しかし今更なぜPMAはシエラRSをレジンで作ったんでしょう?。今後金型利用してWRCマシンを出すのでしょうか?、不思議であります。

 さて不思議モデルと言えば

00053588_photo1PMA
マーチ ホンダF2 812
ビッグ2&4レース 1982
中嶋 悟


 これはホンダ・ミュージアムに実車がありますね。チーム生沢時代。全日本F2時代、敵無しだった頃の中嶋マシンでもありました。これ欲しかったんですが予約品でお金持って行かれまして(汗)、まだ未購入です。

 これも”JPSスポンサー”再現なんですよねぇ。ところが海外発売品はJPSは削除されています。やはり日本向けでしょうか?。

 ”なぜタバコ・スポンサー再現できたのか?”非常に不思議ですが、PMAも”舵を取った”のかもしれないですね。そう言えば大昔発売された”ポルシェ956 ルマン1-2-3”3台セットも日本だけロスマンズ再現。海外ではRacing発売でしたっけ。

 当時国内では非常に入手しにくかったモデルでしたが、これを逆手にとって「並行輸入」として値段高く設定販売したお店が当地にありました。が、ロスマンズでは「ウソです」と言っているようなもの。PMAが大人気だった時代、あぁこのお店はインチキしているな・・・思い出されます・・・。

2016年7月14日 (木)

怪我の巧妙??

?? 先般、モータースポーツ好きの友人との会話で「もしルマン24時間レースとダカール・ラリー、どちらかに出場できる、となったらどちらを取る?」と。私は「ルマンかなぁ?。ダカール・ラリーも面白そうだけど・・・悩むね」なんて。

 一気に話は昔に戻ります。日本が”バブル景気”に浮かれていた頃、ポルシェ959(当時1億位しましたっけ?)が売れに売れました。が当時ポルシェ社は瀕死の状態でした。911しか売れない、そしてRR駆動で、運転できる客を選ぶと。そこで考えたのが4WD化です(諸説ありますけども)。

Img_2997SPARK
ポルシェ911(953)4WDモデル
パリ・ダカ ラリーWINNER 1984

 パリダカール・ラリーにて本格的に初めてワークスが参戦したモデルであります。ポルシェが実戦で試した初4WD。これが後に”959”のテストヘッドとなり、現状のカレラ4に繋がります。

 このモデルは既にノレヴから発売されています。その出来の適当さにへキヘキしました。中途半端な汚し塗装と言い、一体型ウイングとか補助ライトとか、もちろんROTHMANSは削除・・・。しかしその前に”チョロQ”から発売されていまして、それ思いますと、当時のチョロQのマニアックさに改めて驚かされます(持っているもんね!)。チョロQもどこへ行くのやら・・・。

 宣伝効果の為にGr.BであるWRCに本格参戦、否、その後のGr.Nに参戦するつもりがあったのは間違いなさそうです。この挑戦として83年に作られたスタディ・モデルの名は”グルッペB”でした。当時はGr..Bは大人気。その延長でGr.Nとしてラリーだけではなく、新規カテゴリーとしてレーシング・コースを走る選手権が考えられていました。フェラーリ288GTOも同様の考えにて製作されています。当時はWRCはドンドンとモンスター化して人気もありました。「ポルシェがラリーに戻る」、これは「MINIがラリーに戻る」以上に期待されていました。

 しかし、1986年WRCでの度重なる事故にて、翌年から”廃止”されることが決まります。ポルシェは959ボディだけの911を85年パリダカに参戦。86年は本当の959として参戦続けます。また”961”としてルマンに参戦し、さぁレースやラリーで宣伝を!の矢先に廃止の決定・・・959は単なるお金持ち用スーパーカーになるのですが、コレを元にダメになりつつある会社の救世主として市販車911の4WD化の策を探ります。ちなみにポルシェは911の4WD化を70年代後半くらいから考えていたそうですが、その当時の最先端技術を生かして作られたのが959でした。81年に一度だけ911の試作車作られています。
 

 そして89年964型に4WDを投入、エンジンも水冷化し、その後カレラ4として、今では「オフィスレディがハイヒールでも簡単に運転できる車」と古いファンから揶揄されることになりますが。しかし本当にポルシェの窮状を救ったのはSUV”カイエン”でありますね。VWグループに入りアウディやVWの技術を取り入れてできた車。世界中の自動車メーカーがSUVに目を付けたのもカイエンのおかげと言っても過言ではないかと。が今度は”デカすぎる!”と。すると”マカン”が登場。今の隆盛があるからこそお客のニーズに合わせた車が作れると。このカイエンも登場した際はファン他から「ポルシェがやることではない」と否定的な意見が多数ありました。が成功したモノ勝ち。

 確かにVWグループに入った、これも大きいですが、揶揄されながらもRR駆動911を今も作り続けるポルシェ。そしてマニア向けアイテムも同時に発売し続けている、このこだわりには脱帽します。

2016年2月19日 (金)

久々にWRC話

 この所、世界各国で「F1はつまらない」「勝つのはハミルトンでしょ」と揶揄されております。確かに昨年はニコの体たらくもあり、ハミルトンがトップ取ったらオシマイなレースがありました。が意外と面白かったのが中堅チームでした。

 しかし私が思いますに、WRCを何とかしろよ、と。ラリー選手権ですから毛色は違いますが、もうVWの天下。それも

Img_2693SPARK
VW ポロWRC
セバスチャン・オジェ
2015モンテカルロWINNER

優勝するのはオジェしかいない!。ラリーはドライバーの技量はもちろんですが、”運”にも左右されます。ちょっとした石にヒットしてデイ・リタイヤするのことも多いわけです。がオジェは”運”をも味方にしている。今年も既に2戦で連勝しています。昨年はDAY1で2位との差が30秒は当たり前のラリーが続きました。30秒と言うのは、逆転は”運”しかない、わけで。ラリー・フランスはオジェにはアンラッキーがありましたが。

 ワークスもシトロエンが1年お休み(2017年にレギュレーションが変更の為)。ヒュンダイが投入した1年だけのマシンi20もVWを脅かす存在ではない(まだ2戦ですが)。M-SPORTSフォードが一応”ワークス”扱いされていますが、昨年モデルでは、です。

 今季もオジェのチャンピオンは決まりでしょう。ライバルは同じVWのラトバラ、と思われましたが、ラトバラはVWに加入してからマシンとの相性が悪い感じがしています。

 まぁWRCは過去にもセバスチャン・ローブ時代、トンミ・マキネン時代がありました。が、一応はライバル視されたラリーストがいました。が、今は皆無。私自身はF1以上に面白くない、と思っています。DAY1で決まってしまうわけですから。

 2017年にトヨタが復活します。私が注目しているシトロエンのクリス・ミークはオファーを断ったそうです。ならばラトバラをと思うのですが。

 いや、こうなったらWTCCに参戦したセバスチャン・ローブを引っ張り出せ、とも。シトロエンもローブにスポット参戦させた時はVWと同様のタイムを出せたわけで。

 「F1ってスタートで優勝決まる」と言う声があるのと同様にWRCもそんな状態。しかしお客が入るのがWRC。お祭りですから。

 が、お祭りの出来ない日本人にとってはDAY1で少なくともオジェと数秒差でDAY2を迎えてくれないと「あぁオジェね」で終わり。これもどうかと思いますよ、本当。TV観るのも面白くない!。

2015年11月29日 (日)

今年も終わり

 早いですね、もう12月です。先日、年末の挨拶に伺った覚えで。

 モータースポーツもF1アブダビが最後ですか。まぁフォーミュラEは続きますが。WECも終わりWRCも終わり。WRCと言えば、噂どおりシトロエンの1年お休みが発表されましたね。残念な気もしますが、このまま撤退するんじゃ?とも言われております。形式上は2017年のレギュレーション改定に向けてのお休みだそうで。VWには対抗できませんしWTCCに力入れていますしね。

 何て言っていると、年末はダカール・ラリーが始まります。WRCも1月にモンテカルロが。

Img_2384SPARK
プジョー DKR
2015 ダカール・ラリー
カルロス・サインツ

 もう「パパ・サインツ」と呼んだほうが良い位の息子さんの活躍ですが。元はパパもF1志望だったのが名ラリーストになりますが。

 これ最初に実車画像見た際に「無茶苦茶カッコいいじゃん!」と思い、また途中までトップ走っていましたので期待していたのですが残念ながらリタイヤ。何でも1年目は難しい、と言うことで。

 待望のモデル到着。しかし「こんなに”いかつい”かね?」です。MINIのダカール仕様も大概ですが、トップクラスのマシンで、ここまで”いかつい”マシンは無かったんじゃないか?。プライベイターで6輪に改造した”おもしろ”マシンもありましたが。しかし、ここまでサスペンションのストロークを長くしないといけないんですね、砂漠地域は。改めてすごいラリーだな、と。

 来季はセバスチャン・ローブが乗ります。期待しちゃいますが。

2015年7月27日 (月)

”~の墓場”と言うな

 先日、私の嫌いな表現が専門誌ネットに掲載されました。「フォーミュラEはF1ドライバーの墓場」と。要するに”まずF1ありき”、それから離れ違うカテゴリーに行ったものは”墓場”に行ったと同然、という感覚なんでしょう。

 昔はよくWECやルマンやIndy.carシリーズ、スーパー・フォーミュラに参戦したドライバーに対し言われていました。が、私個人は「そうか?」と。F1の平均年齢がドンドン下がっていく。80年台であれば30代でもOKだったのが、マックス・フェルスタッペンじゃないですが、ドンドンと若くなっていく。また下位チームは持参金が無ければダメ、そんな状況で「F1ドライバーの墓場」と言えるのか、です。活躍は出来ませんでしたが、アレクサンダー・ヴルツはルマンWINNERからF1へ。現在Indy.carシリーズのトップのJ.P.モントヤも元はIndy.caeチャンピオン、F1でも優勝していますよね。こう行った”一方通行”記事には疑問を感じます。

 が、過去本当に行き場をが無くなってしまい、カテゴリー変更をせざるを得ないことがあったのも事実です。それがGr.B、WRCです。1986年のヘンリ・トイボネンの事故死、またその前年のヴェッテガの事故死。ラリー・ポルトガルでの観客を巻き込んだ事故により、翌年からGr.Aの時代になります。

 当時はプジョー205Tが他を離していた時代です。一早くGr.Aに対応したランチア・デルタの活躍は御存じのとおりですが、Gr.Aに対応が出来なかったプジョーは今度はパリ・ダカに目を向けます。ジェントルマン・ラリーストが参戦していたジャンルにワークスが参戦し話題になりました。その進化系の405T16も優勝し、プジョー=パリ・ダカのイメージが。しかし、プジョー405T16は優勝後、翌年に同じグループであり、プラットフォームそのままで、エクステリアを換えシトロエンZXとして参戦しました。ブランド・イメージのアップの為だったそうです。

 そして、もう一つのカテゴリーにもGr.Bは参戦していきます。アウディ・クワトロ、そしてプジョー405T16も。それがパイクスピード。ヒルクライムですね。コロラド州にて標高差1.4kmを一気にかけあがりタイムを競い合う。「アメリカらしいな」と笑う方も多いイベントですが1916年から続く歴史のあるヒルクライムです。日本では”モンスター田嶋”のあやつるスズキ・スイフトが少しは有名でしょうか。

 当然、北米市場を意識したわけですが、結局は不発に。アメリカ人にとって欧州車はスーパー・スポーツカー以外の車には魅力がないらしい。BMWやアウディ、メルセデスの車買うならば、GM等のマッスル・マシンを選ぶ、そしてそんな車が買えない方はヒュンダイや日本車を買うと。”スバリスト”はマニアの方々ですが。

Img_2100SPARK
プジョー405T16
アリ・バタネン
1988 パイクス・ピーク WINNER

 リップスポイラーを付け、パリダカよりもリア・ウイングを大型化し車高を落としたマシン。アウディ・クワトロに代わり、2年連続で優勝します。2013年にはWRC引退したセバスチャン・ローブあやつるプジョー208T16もワークスで優勝しましたが。

 このモデル、予想を裏切ってくれました、バタネン・フィギュアが乗っている!。

 
 そんなに”墓場”と言うならば、パリ・ダカやパイクス・ピークに参戦したGr.Bを取り上げろよ、とそんな思いもござります。

 ”F1ドライバーの墓場”と言うならば、キミ・ライコネン(今年)、ニコ・ロズベルグ(来年か?)、この二人の行先を予想はどうか?。現在発売中の専門誌の予測はどうだ?。ライコネンは金銭面でF1に残れそうにないですし(ハースから出走したら面白そう)、ニコは戦略の下手さで他チームも敬遠されるかも。オファーは中堅どころ?。アロンソも下手すりゃ噂の”パフォーマンス条項”で今年限りで動くかもしれませんし。来季ホンダ・エンジンが急に良くなるのか、空力パフォーマンスの向上が期待できるか?、ですし。そう考えると、期待できないとさっさとマクラーレンから出たL.ハミルトンは賢いと思うのですが、さて。

2015年6月17日 (水)

違和感

 ixoがドカン!と新商品の案内を出しました。ほとんどが金型の使いまわしですが(こら)。その中に

Prd518_1ixo
ニッサン GR-R LM NISMO
テストカー

 2台のアナウンスがありました。これって同グループのブランドであるプレミアムXから既に発売アナウンスがあったのに。
 海外情報ですので、ショップの勘違いなのかもしれませんが、もしかして同じモデルで外箱換え?。しかしテストカー、もしixoからも発売となると”3社競合”となりますね。どれを選択するかは、です。恐らく決勝モデルはSPARKからになり、1年遅れ程度でixoから、のパターンでしょうか。

 しかし、あれだけガッカリさせたレースにも拘らず、レースを束ねた欧州ニッサンは「目標達成した」と言っております。完走扱いすらならなかったのに、何を持って目標達成したと言うのでしょう?、わかりません。ワークス・チームですからねぇ。もしかしてLMP2クラスを盛り上げたニッサン・カスタマー用エンジンのことを言っているのでしょうか?。デルタウイングが懐かしい!。まだアチラの方が可能性を感じましたね。これで1からマシン設計やり直しでしょう、多分。

 ミニカーの競合も感じますが、プロモーションが先に出すぎて、時間が無かったのかもしれませんね。富士は走りは遅くとも出るべきだと思いますが、さて。

 全く関係ない話ですが

149886NEO
マセラティ・ブーメラン


 欧州発売です。カラーリング残念。どこか発表時の”トライデント”カラーを別注して下さい、スーパーカー小僧からのお願い・・・。

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