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ixo

2016年11月27日 (日)

言われてみれば??

 まだ、この時点ではF1ワールド・チャンピオンが決まっていませんので、違う話題を。


 先日、知人が「ixoって、どうなっているの?。最近新商品がないよねぇ」と。言われてみれば最近見かけないですねぇ。話題にもならないですし。「最近、何が発売されたっけ?」と記憶が薄い。春でしたか、何か発売された記憶がありますが。

 ixoは案外ファンが多いです。コスパが良い事もありますが、WRCやルマンにも注力していますから。ただロードカーはチョット物足りない感じがありますねぇ、私の感想ですが。そう言えば、独占状態のヒュンダイWRCはどうなったのか?。i-20を早くアナウンスして欲しいのですが。

 昔はWRCもルマンもixoメインで買っていました。が、今やSPARKに。やはり”早さ”には負けてしまいまして・・・。

 でも大丈夫でしょう、恐らくは国内「隔週XXX」や海外のALTAYA(大雑把ですが)の方が忙しいのでしょう。あれって恐らく結構な数作っているでしょうね。

 ただ、やはり本体から魅力ある新商品アナウンスが欲しいですね。

 そういえば以前、LA STORIA FERRARI 過去のフェラーリF1モデルを本箱型BOXに入れて販売していましたが、今年の初旬に「フェラーリとの話し合いで、再開できるかもしれない」と海外ショップ情報に掲載されていました。どうなんたんでしょうね。OEMでは発売しているのに、ここが不思議であります。ただ本箱BOXは評判悪かったですけど。これが、なぜかマテルに流れたのも不思議です。そしてixo発売品の”手抜き”がねぇ。

 まぁ今後に期待と言うことで。

2016年7月13日 (水)

また昔話かよ、と怒らないで

 色々調べましても全体像がつかめないのが海外で言う「ALTAYA」。これはデアゴスティーニやアシェットのような会社であろうと。で「ALTAYA」はイタリアでは日本で言う「KIOSK」みたいなものだ、と。そして冊子はなくブリスターパックに入ったミニカーだけがイタリアでは専門店ではないお菓子やさんや雑貨屋で売られている、らしい。ここまではわかってきました。がまだまだわからないことばかりでして。これ数年追っていますが回答が出ない。恐らくは多種多様に会社があるのでしょう。大体現地では¥2,000強販売のようですが、専門店に回ると大抵セールで半額になっていますね。

192563ブラジルALTAYA?
ジョーダン196
ルーベンス・バリチェロ

 「ブラジル人ドライバー・シリーズ」の新作のようです。出来は「ONYXだな=ixo」でしょうが。でもONYX時代に196発売していましたかね?。96年ですからもうPMAに移った頃ですよねぇ。もし最新金型ならば、今のこの出来はアウトでしょうね。

 え~なぜこのモデルを取り上げたかと言いますと、記憶がずらずら戻ってきまして。当時PMAからはゴールド カラーしか発売されませんでした。記憶にある方も多いと思いますが、「スポンサーB&HコーポレートカラーであるゴールドはTV映りが悪いだろうと」、”うすい黄色”変な色でしたが序盤戦走りました。が「ゴールドに見えない!」と結局ゴールドカラーに塗り替えられました。

 そんなことは覚えているよ!でしょう。が私が思い出したのはミニカーの方で。当時はPMAはLAUNCH VERSION (SHOWCAR)は当たり前時代。
4309600821a その96 LAUNCH VERSIONは、あの”変な黄色”だったんです。で、非常にカッコ悪いのですが、本戦196がゴールドの為に、本戦発売後に逆に人気が出てしまった。皆「本戦も序盤戦仕様が出る」と思っていたんです。
 しかしこの年のK社は、なぜかSHOWCARの一部を国内に入れなかったか、あるいは極少数しか入れなかったのか。この年の国内未発売モデルは結構にあります。本戦は大丈夫でしたがSHOWCARや生産数の少ないモデルの一部は入らなかった記憶です。私は当時”この黄色かっこ悪いから”と逆の意味でブランドル我慢(こら)で買いました。が後で聞きましたらば大ショートだったらしいです。「これバリチェロないよ」とか言われていましたから。

 このPMA製ジョーダン196はQANTASモデル(バーコードの無い配布品)とかTOTAL販売品とか、色んな奇異なモデルがありました。当時は必死に情報を探ったものです。

 先日「メルセデス 2014年コンストラクターズ・チャンピオン2台セット」のVIP配布品がある!と聞きました。ふ~んです。調べようともしない。

 しかし、こうも変わりますかね?

2016年2月18日 (木)

パン屋のバン

 まぁティフォシであります、今更ですが。かと言ってF1だけでなく、会社の歴史やら往年の名車やレーシング・モデルにも目が行くわけです。国内書はもちろん、今は円安でオイソレと買えなくなった洋書なども買って読みました。この会社は、やはり「エンツォ・フェラーリ伝説」が面白いのでありますが。まさに超ワンマン社長の一代記であります。

 で、必ず通らないといけない話が1961年の会社重役のクーデター。F1やレースに”現を抜かし”会社経営他はほったらかし、市販車には興味が無いから。と幹部連中が動く。結局は重役が退社し逆に会社は経営難になると。で最終的にフィアットの子会社になる・・・。

 この頃、フルッチオ・ランボルギーニと言う農作業トラクターで財を成した人が”フェラーリ250GT”と言う名車を購入します(車種は諸説あり)。自分で車いじりができるので、パーツをフェラーリ・ディーラーに発注、クラッチ板(諸説あり)。届いたのは自社トラクターに使用している同じクラッチ板、しかし価格は10倍(諸説あり)。フルッチオさん「スポーツカーは儲かる!」とランボルギーニを立ち上げます。「エンツォに直談判に言ったら無視されたから」は伝説です。エンツォ宛に書簡を送った、と言う話もありますが、これまた夫人のあやふやな記憶から出てきた話のようで。まぁ、この二人ほど自動車メーカーで”伝説”に溢れた人はいないでしょう。

 さて、フェラーリを退社した中にジョット・ビッザリーニという車作りの”鬼才”と言われた人物がいました。彼なくして250シリーズは出てこなかったであろうと言われております。名車250GTOを最初に立ち上げてもいます。そんな人物に声をかけたのがスクーデリア・セレニシマ。イタリアの伯爵の持つチームです。そして1962年にビッザリーニ主導で作られ、ルマン制覇を目指したのが

Img_2686_2「公式フェラーリF1コレクション」117号
フェラーリ250 ”ブレッドバン


 製作はixoでしょう。ちなみにエントリー名は”フェラーリ250SWB”。SWBを改造して作られたマシンですから。が、当然ですが、どこにも”跳ね馬”マークはありません。フェラーリが作った車ではないことと退社問題がありますから。でも250シリーズって基本シャシーとエンジンをフェラーリが作り、ほとんどのボディワークはピニンファリーナでしたが。なので色んな別注車が作れたわけです。

 1962年ルマンは今で言うプロトタイプ・マシンを廃しGTカー優先のレースになったために政治的な話題しかない。そんなところにコレが出てきたので、マスコミは大騒ぎ。「パン屋のバンみたいだ!」と。しかしこのデザインは単なる思い付きではなく、当時エンジン主導であったマシンにエアロダイナミクスの考えを取り入れ、1930年代に考案された「カットオフ・テール」を採用。フロントガラスからリアまでを一直線にデザインしテールをカットする。そしてフロント・エンジンカウルも徹底的に低くしたためにエアファンネルが飛び出す形状になったと。その「カットオフ・テール」が実証されたマシンです。とここで疑問。ならば追従するマシンが出なかったのは何でだろう?。

 予選ではフェラーリGTO勢よりも速い。結果は4時間でリタイヤしますが、この速さにはエンツォも激怒したとか。後に3レース走り、いずれも好成績でした。そしてビッザリーニは「ブレッドバン」の後継モデルとでも言うべき

89293_2BEEBOP
フェラーリ250GT

を登場させます。これは別名「ドロゴ・モデル」とも呼ばれています。ビッザリーニの僚友だったピエロ・ドロゴが製作。

 閑話休題、まさかドロゴ・モデルまで発売されるとは!。このBEEBOPと言うメーカーは小規模ハンドメイド・メーカーのようですが、こういうマニアックなラインナップが続々と発売されております。

 ビザリーニはその後、高性能スポーツカー・メーカーを立ち上げますが、数年で倒産。自動車コンサルタントの仕事に就きました。

 さて「ブレッドバン」。2010年になりフェラーリ本社から「歴史的価値のある車」として正式にフェラーリの1台と認められ、現在はムゼオ・フェラーリに展示してあります。とにかく250GTの話になるとわけの判らないことだらけですが、さすがに「ブレッドバン」は興味の対象になるのか資料も多いです。ちなみに「公式フェラーリF1コレクション」。冊子には意外とミスもありますなぁ。また翻訳が下手だからか?。非常に読みづらいですし。監修している人は気付かないのかな?、読みにくさを。今回は他誌を参考にさせて頂きました。

 ミニカーに関しまして。長年「ブレッドバン」欲しかったんです。まずジョリー・モデルから発売されたのですが、あまり出来が私には得意なメーカーではないことと、値段が当時異常に高かったのでスルー。そしてフジミがTSMと蜜月の時にアナウンスされ「よし買うぞ!」と思っていたら、版権とフジミとTSMの問題発生で消えた・・・。と思っていたら発売されていたんですね!。それも各レースや”いたずら”された”黒しま模様”まで!。コレ知ったのが、つい最近で。予約していたお店も無くなってしまって気付きませんでした(汗)。

 と言うことで、廉価版ですが「ブレッドバン」をやっと入手、と言うわけでございます。まぁ出来はこんなもんでしょう。

 そういえば、61年に解雇された幹部の中に、カルロ・キティがいました。ご存知コローニでのスバル・エンジンで大失敗したエンジニアです。それでも結構なエンジン・デザイナーだったんですけども。面白い話であります。

2016年1月24日 (日)

やっと発見!

 長い間探しておりましたミニカーをやっと発見いたしました。

Img_2598_1「公式フェラーリF1コレクション」
フェラーリF1-86

ステファン・ヨハンソン
1986年


 ご存知の通り、通常ミニカーとしては発売されているのは、このシリーズのみ。またセコハン等では恐ろしい値段が付いているモデルです。偶然時間つぶしに入った本屋さんのバックナンバーのコーナーにあり、小躍りしました。No.68ですので、発売当時には店頭には並んでいませんでした。こういうシリーズを全て集めるには「年間予約」で単発で買うことはなかなか難しいのであります。ちなみにAmXzonでは安くて¥8,100、高くて¥9,999でした。定価は¥1,895+税ですから。当然定価で購入しました。

 さて、しかしながら、このマシンはフェラーリF1マシンでも、10本の指に入るくらいの駄馬。初めてCADで設計されたフェラーリ・マシンですが、トラブル続きでアルボレートの2位が最高位でした。完走率も50%に満たない。1980年以降で初めて優勝できなかったシーズンでした。御大エンツォ フェラーリが「頼むから、私が死ぬ前に”優勝”をみせてくれ」と懇願したそうです。でフェラーリは翌年ジョン・バーナードを引っ張り、ヨハンソンの代わりにベルガーを乗せ、87年鈴鹿で優勝と。そのビデオは今もありますが、スタッフやメカニックの喜び方は異常なくらい。

 ステファン・ヨハンソンも懐かしい。全日本F2を観ていましたので87年にマクラーレン移籍し鈴鹿で3位表彰台はうれしかったですね。

 せっかく入手したモデルですが、相変わらず出来は、ねぇ。未塗装部や省略部。追々手を入れていくことにします。

2015年12月22日 (火)

あれまぁ?

 ixoから「アイルトン・セナ コレクション」発売アナウンスから数年経ちました。

 で出てきましたね、が??

Senr180021/18 プレミアムX
マクラーレンMP4/4
アイルトン セナ

1988 日本GP

 プレミアムXはixoのブランド・グループとは言え、何でですかね?。そういえばプレミアムX
名義で発売されたニッサンGT-R LMは本戦発売しないんでしょうかね?。

 さて画像しか見ておりませんが、エンジン再現、マXボロ隠しデカールと、まぁ見られる方ではないか、と思います。と言うかもうこちらは「飽きて」いるのですが。このお値段、¥35,000程度ですか、余程のファンでは無い限り、ねぇ。それより気になるオートアートなんですけども。

 1/43もカタログに掲載されていますが、マクラーレンなんかONYXの金型使ったりして(こら)。いずれにせよスルーだなぁ。

 しかしPMAもカタログED2にて、セナ・コレクションの再販を掲載していますし、もう両社とも全く方向性が見えないですねぇ。

 それでも売れる「アイルトン セナ」と言うのもスゴイですけれども。

 明日は「スターウォーズ フォースの覚醒」話をば。今日見てきます。ネタバレさせませんので。

2015年8月12日 (水)

スーパー・サブ

 いろんな意味で記憶に残るドライバーと言うのが多数いらっしゃいます。私はこの方を忘れられませんし、大ファンでもあります。そんな方の”なんで作らなかった?”モデルが出ました。

156126ブラジルALTAYA(仮称)/ixo(多分)
”ブラジリアン F1ドライバー・コレクション”
ジョーダン191
ロベルト・モレノ

 これ発見した時、不謹慎にも”笑って”しまいました。ジョーダン191は”名車”の誉れ高く、またミハエル・シューマッハのデビュー・マシンとして有名ですが、シューマッハ移籍事件のおかげでドライバーを頻繁に変えなくてはいけない状態に。その中でモレノは2戦走りますが、なぜだかPMAはスルー(ジョーダン2台セットはモレノだ、と言う話がありますが)。ONYXはペプシ・カラー(ポルトガルGP?)で発売したのに!。ただ、出来がONYXですからPMAに期待したのですが。面白いもので両社とも191を走ったドライバーは揃っていません。

Jap901  この方、とにかく参戦するチームが泡沫チーム。AGS、コローニ、フォルティ、アンドレ・ア・モーダと。絶対に消えるチームに参戦する、しかしなぜか愛すべきキャラクター。また中堅チームがドライバーに困ると呼ばれる、まさにスーパーサブ。

 白眉は1990年日本GPでしょう。ベネトン、ナニー二の事故を受け、ピケが推薦したのがモレノ。実はドライバー達はモレノの実力を知っていたと。モレノはピケを兄の様に慕っていたと。そしてベネトンは1-2フィニッシュ!。モレノは涙涙の表彰台でした。が、その年は鈴木亜九里が3位表彰台で、日本人には全く記憶されていない、というのもモレノらしい。鈴木亜久里に群がる報道陣、「昨年は午前中で終わったのが今年は・・・」と言う後から「その気持ちわかる!」とモレノが言ったとか。

 皮肉にも翌年、シューマッハ移籍事件を受けてシートを失います。ジョーダン、ミナルディを経て、翌年新チーム”アンドレア・モーダ”でフル参戦。がオーナー逮捕でF1休止。が95年に新チーム”フォルティ”でフル参戦。ドライバー陣が大歓迎したそうです。が、チームメイトは、あのお金持ちペドロ・ディニス。モレノはベテランでも「あんたはNo.2」と言われていたそうです。どっちみち競争力はないのに(苦笑)。

 さすがにこの年でF1から引退。CARTに職場を移します。当初はシーズン契約も2年目からは、F1同様にドライバーに困ったら呼ばれる”スーパーサブ”。しかしアメリカでも愛されたドライバーだったようで。

 2000年にやっとシーズン契約が出来、クリーブランドで優勝します。この時のモレノ。コクピットから出られないほど感涙し、座ったまま優勝インタビューを受けます。その間にも様々なドライバーがやってきては祝福すると言う非常に珍しい光景。皆が苦労人であり、かつ愛されたキャラクターだったんでしょうね。マイケル・アンドレッティの評価が凄く高かった記憶があります。CARTは当時日本ではTV放送がありませんでしたが総集編が発売されまして、それを今も持っております。笑ってしまうくらい、感動しております。

 しかしモレノのマシンをジョーダン191にしたセンスは素晴らしいかと。本来であればベネトンB190 日本GPでしょうが。まだ続くシリーズですので今後出るのでしょうかね。ちなみにPMAからはモレノはベネトンB191しかないんですよね。それも後年の”ベネトン・コレクション?”から。当時は「PMAはモレノに冷たい」と思ったものです。

 だからこそSPARKから発売予定の”アンドレア・ア・モーダ”が楽しみなんですなぁ。

 

2015年6月19日 (金)

もうわけが判らん

Maclarenmp44ayrtonsennaixoaltayabraALTAYA-ixo
マクラーレンMP4/4
アイルトン・セナ

 既に書いておりますがALTAYA-ixoでセナ・シリーズが始まったようで。ロータス97も出た様です。どうもかなり前に発売されたブリスター・パックに入ったF1シリーズ モデルを利用している感じです。ドライバーが乗りましたが。

 さてALTAYA。なんじゃ?となる方が多いと思います。ここはイタリアに本拠地があるデ・アゴスティーニの関連出版社みたいで、スペインの出版社と合弁企業としてプラネタ・デアゴスティーニとしてスペインを本拠に出版展開しています。そこがまた世界(欧州や南米)に拠点をかまえて、それぞれで商品展開しているので、余計にわかりにくい。その中にALTAYAブランドにてミニカーやRCと言った商品を展開しているので、もう訳がわからない。これが欧州ミニカー専門店に流れるわけです。これでまた訳がわからなくなると。日本で130号まで続く「隔週フェラーリF1 Racingコレクション」は欧州では早々に終わっていますし。各国の判断なんでしょうかね。まぁixoにとってはオイシイお仕事でしょうね。

 セナ、と言えばブラジルで1/8 MP4/4の発売(日本で昔発売されましたね)が開始された様で話題になっているみたいです。こんな出版社は海外にたくさんあるようで、Abrexという所が「シュコダ コレクション」なんてのを展開した際に「これマジに誰が買うの?」と思ったこともありました。当然(こら)セールになっていますわ。

 まだ↑シリーズがどうなるのか不明ですが、スペイン ALTAYAから他のモノは直接買うことができます。しかし誰もやんないでしょうね。

 私にとってALTAYA=セール品、と言うイメージが、どうしてもありますねぇ。€9.9なんて。

 
 

2015年6月17日 (水)

違和感

 ixoがドカン!と新商品の案内を出しました。ほとんどが金型の使いまわしですが(こら)。その中に

Prd518_1ixo
ニッサン GR-R LM NISMO
テストカー

 2台のアナウンスがありました。これって同グループのブランドであるプレミアムXから既に発売アナウンスがあったのに。
 海外情報ですので、ショップの勘違いなのかもしれませんが、もしかして同じモデルで外箱換え?。しかしテストカー、もしixoからも発売となると”3社競合”となりますね。どれを選択するかは、です。恐らく決勝モデルはSPARKからになり、1年遅れ程度でixoから、のパターンでしょうか。

 しかし、あれだけガッカリさせたレースにも拘らず、レースを束ねた欧州ニッサンは「目標達成した」と言っております。完走扱いすらならなかったのに、何を持って目標達成したと言うのでしょう?、わかりません。ワークス・チームですからねぇ。もしかしてLMP2クラスを盛り上げたニッサン・カスタマー用エンジンのことを言っているのでしょうか?。デルタウイングが懐かしい!。まだアチラの方が可能性を感じましたね。これで1からマシン設計やり直しでしょう、多分。

 ミニカーの競合も感じますが、プロモーションが先に出すぎて、時間が無かったのかもしれませんね。富士は走りは遅くとも出るべきだと思いますが、さて。

 全く関係ない話ですが

149886NEO
マセラティ・ブーメラン


 欧州発売です。カラーリング残念。どこか発表時の”トライデント”カラーを別注して下さい、スーパーカー小僧からのお願い・・・。

2015年6月15日 (月)

まだ生臭い

 2011年に終結したリビア内戦。カダフィ大佐の殺害によって幕を閉じました。その際に有名になった(か?)

Gaddafi_castagna_500フィアット500 カスターニャ EV

カロッツェリアであるカスターニャが09年に発表したEVカーですが、「実験作」としての要素が高かったようでしたが、それをカダフィ大佐がオーダーしたそうで。実際カダフィ大佐のEV車好きは有名で、各国のEV車を所有していたそうです。行方不明、いや内戦終結のシンボルとして博物館に飾られる云々。€20,0000で作らせたらしいですが・・・。

 で、この記事が出た際に「これはミニカー欲しいよな」と思う反面「まだ少し”生臭い”感じがするな」とも思っておりました。歴史上の人物の愛車は様々に発売されております。ヒトラーは当然ムッソリーニやアメリカ大統領専用車、ドイツ首相専用車。昭和天皇御料車なんてのもありましたが。

 内戦で殺されて、ですからねぇ。まぁさすがに発売されないと思っておりましたら、抜け目なく

Fiat500_evプレミアムX

 発売しおった!

レジン製なんでねぇ・・・。でも、まだやはり”血生臭い”感じがして。
 あっ、逆に↑写真のディオラマが作れるか、なんて。

2015年6月 6日 (土)

ふと目に入ったモデル・・・

 昨日、営業の合間の時間つぶしで入った本屋に、珍しく「隔週フェラーリF1&RACING」が置いてありました。もうどこの本屋さんも、並べない、こういう媒体です。そこで「おやっ?」と。

Img_1950フェラーリ348GT COMPETIZIONE
ルマン24時間レース 1994

 冊子にはドライバー紹介として”オスカー・ララウリ”の名前が。氏はGr.C時代、ポルシェでの表彰台の常連さん。しかし1993年をもってGr.Cは廃止されるのは御存じで。その頃フェラーリは、F1はダメ、市販車も販売が振るわず、急きょモンテゼメロが呼ばれる、そんな時代でした。テスタロッサから引き継いだF512Mはダメ。やはりV8だろうと言うことで348GTBが生まれ、その改良版の販売が好調だ、そんな頃のお話です。

 ララウリはポルシェを離れた後に、348シリーズ販売拡大のため作られたワンメイク・レースであった”チャレンジ・シリーズ”に使用された348GTコンペティジオーネを使い、イタリアGT選手権に参戦します。F40にも乗っていました。SHELLスポンサー・カラーで有名なマシンです。

 今は昔、1994年は元Gr.Cカーに足かせをはめ(現FIAとAOCの対立)、GTカーでのレースを目指します。トヨタは元Gr.CであるLMP1にて参戦し優勝するチャンスがあったのですが、ここは「1台でも市販車があればOK」に乗ったダウアー・ポルシェ(元962C)に優勝を持って行かれます。

 そんな中、GTクラスは1,2に分れ、そのGT2クラスに348を持っていこう、と考えたのが”フェラーリ・クラブ・イタリア”でした。そこにララウリが乗ります。が当時は「そんなマシンが24時間走れるか」と嘲笑されておりました。F40も同様。ララウリはルマンはお手の物。が「2時間走ったら炎上」なんて。、F40、翌年はマクラーレンF1に手も足も出ませんでしたし。結局はラリーでも有名なジョリー・クラブもクラブ・スペインからの依頼で走行。もう1台、93年に自分らの手で作った(エクステリア348まんま)の英国シンプソン・エンジニアリングの3台体制でルマンに挑みます。シンプソンには太田哲也氏も参戦します。

 は、さておき。記憶が混乱してしまいまして、「ララウリはカラーリングがTOTIPだったはず。いやあれはイタリアGT選手権か?。ちなみに348GTC(通称)は初モデル化じゃないか?。TOTIPは自分の勘違い??」、と逆に大きな勘違いして買ってしまいました。これスペイン・チームなんですよ。確かにララウリのイタリアチームは20周程度でリタイヤしましたし、そのモデルもこのスペイン・チームも既にBangから発売になっておりまして、ララウリ・モデルは入手していました。冊子が記憶をややこしくしてくれました。

 が、スペイン・チームはクラス、ポルシェ3台に次ぐ4位完走しておりますので、まぁ良いか。Bangもかなり古いモデルですので、かなりガタが来ておりますし。

 しかし約20年前には嘲笑されていたフェラーリV8が、今やWECやルマンでは優勝や表彰台の常連になるとは、ティフォシの私すら驚きです。可夢偉がもしAFコルセに残っていたらば・・・。

 さてルマン・ウイークです。下馬評ではポルシェの評判が良い感じでしょうか。速さはあるトヨタが食い込むか、それとも巧者アウディが、やはり?。トヨタも3台体制のポルシェやアウディのスプリント仕様マシンに”乗っかる”ことはないでしょうが(これに乗った瞬間オシマイ)、やはり2台体制では作戦面に不安がありますね。テストで22秒遅れのニッサン、完走狙いと情報取集で十分かと(今年は参戦を見送るべき、と言ったレーサーがいました。なんで?)。

 昔話ばかりで恐縮です。しかし、この冊子を翻訳している方、下手ですねぇ。毎度読みづらいし言っている意味が分からないことが多々。直訳したってカッコ良いわけではないんだけどなぁ。で、これ130号まで続くんだそうですね。次号の”212E”は初モデル化ですが、これから30台、どう展開していくんでしょうかねぇ。

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