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2016年12月29日 (木)

終わり間近になりました

 今までモータースポーツに関して”思い出”を多数書いてきました。そこに色んな思いが詰まっていたのであります。徹底したのが家族のことは、なるべく伏せると。実は家族は私がブログ書いていることすら知りません。それほど徹底的な秘密主義で書いてきました。見つかれば「アンタ、アホウか?、早くやめろ!!」と言われるだけですから。

 が、最後間近であります。ここは”本当に今も心に残るレース”を書きたいと思います。

 嫁さんが第一子を妊娠し、予定日を越えて家にいました。「大丈夫なんかなぁ」、初産でありますから当然でしょう。が、男は判んないんですよね。何していいのか判らない。ただ「お医者さんの話に従おうよ」と。

 それが1994年でありました。セナが亡くなり、シューマッハかヒルか?の時代でした。そして迎えたドイツGP。記憶が定かではないのですが、生放送だったのか録画だったのか、深夜に珍しく嫁さんも一緒に観ておりました。そこで優勝したのが

Sl500ONYX
フェラーリ412T1B
ゲルハルト・ベルガー

 でございました。当時はPMAも出していましたが、412T1のみの発売で”イラッ”としましたね。

 さておき。フェラーリが優勝したのが1990年以来。私はティフォシでありますが、コレにはビックリしまして。一緒に観ていた嫁さんに「やっとフェラーリが優勝したぞ!、これ何年ぶりだ?」と言った覚えがあります。

 ベルガーいわく「トップの自分を追うミハエルは若い。コーナーでギリギリを攻めている。つまりタイヤあるいはエンジンに負担がかかるだろう」、これが大当たりでミハエルはエンジンがやられてリタイヤでした。あのままならば間違いなく抜かれていたでしょう。

 で、喜んで寝るわけですが、深夜に急に嫁さんが私を起こし「破水した、病院に電話して!」と。で、私は病院に搬送するのですが、近くとは言え眠気で記憶が薄い。そして午後に生まれます。

 「あぁ俺は父になったのか、不安いっぱいだな」と病院に子供を見に行きました。久々にフェラーリの優勝、そして生まれた子供。「名前はベルガーになるよう付けようか?」。「アンタはバカか!」で違う名前になるのですが。そんな上の子が今年就職なんですから・・・・。もう、こんなブログやっている歳ではない、お分かりと思われます。

 てな理由で、私にとって”記憶に残る”レースであります。

 
  

 このGPではルノーが2-3に入ると言う、当時は他GPでは起こりようが無いことが起こりました。そして有名になったのがヨス・フェルスタッペンのピットでの火災でありましょう。その後当然ですが色々な改革案がでます。この年は色んなことが起こりすぎたF1でした。

 


 コレは怖い。重傷者がいなかっただけ良かったかと。しかし94年に走っていたドライバーの息子が今頑張っていることに、さすがに”凄み”感じます。

 音楽も映画もスルー?。合わない内容ですよね。でもラスト近いので、ゴリ押し行きましょうか。

 私は個人的に「3大ライヴ アルバム」と言うのがありまして、まずは前に書きました「オーティス・レディング /LIVE IN EUROPE」。

Photo サム・クック
ハーレム・スクエア・クラブ1963


 これ、音源が80年代に見つかりまして。その前はソウルやR&Bコレクターや国内の評論家からも「なぜサム・クックが良かったのか?」と言う議論がありました。生前は「AT THE COPA」と言うライヴ・アルバムがありました。これが、まぁゆったりとした感じで、まるで「アンディ・ウイリアムスか!」的に歌われる。

 が、この音源が見つかりレコード化され、そして聴いてビックリ!と。「AT THE COPA」は白人を中心にした高級クラブでのライヴ、しかし「ハーレム・スクエア」の観客のほとんどは黒人であった、と。私もこれ買った際にビックリしました。「だからサム・クックは認められていたんだ」と。日本では何せ「ミスター ”ノーソウル” マン」とまで書かれていましたから。オーティス・レディングが”自分の師”としていたのも今は判る気がします。

 もう一つ、これがもう良くて良くて。すっかりレゲエにはまったのが

2ボブ・マーリー
 ライヴ!


 ボブ・マーリーやレゲエを紹介したのは、エリック・クラプトンでした。
「I SHOT THE SHERIFF」でありました。そこから、ジミー・クリフ達が欧米で人気を博すのであります。

 当時、ちょっと”気どった”友人が持っていたのですが、私は最初に聴いた際に、このアルバムの「NO WOMAN NO CRY」にやられましたね。それからはファンになりました。
 
  

 アルバムのテンポよりも、ゆっくりとした感じで。ボブ・マーリーは当時のジャマイカ政府への批判を歌にしていました。政治的であったわけであります。だから今でもジャマイカでは神格化されている、と。  

 映画ですか?昨日「ローグ・ワン」観に行きました。が結構な戦争映画で楽しかった、にて。ただしスター・ウォーズを知らない方には判らない部分もあるでしょう。今の映画では仕方がないですね。ネタバレもありますから書きませんが「フォースの覚醒」よりも面白い!。でも全然盛り上がらない(苦笑)。


 と言うわけで映画ではないのですが、買ってみたら「面白い!」と思ったソフトを。実は「レンタルになるだろう」と思っていたのですが、私の近所では出ませんでしたので。


Photo F1 グレート・ドライバー/グレイテスト・レース

 原題は”HOW IT WAS”、いかにして勝負したのか?、の意味でありましょうが、邦題が下手くそすぎて、これでは売れないでしょう(怒)。センスなし。何で、つまらない邦題つけようとするのでしょう、日本は。そのままでいいでしょうに。

 が、内容は非常に濃く面白かったのです。ネタバレはいけませんのでスルーしますが、名ドライバー達の語る”1戦”。「あぁチームが数戦前から気を付けていたんだ」とか、「心理戦とはこういうことか」。「ドライバーの”眼”はスゴイ」等々。過去のレースでありますが、非常に面白く「そうだったのか!」でした。総集編には無い、ドライバー個人の思い出と、「いかにして勝利(表彰台)を狙うか」を、本当に目の前にあるような気がして参ります。

 残念ながら、ミハエル・シューマッハがいないのが残念です。もしリハビリも上手く行き、通常生活に戻れるならば、過去の話が聞きたい。そうも思わすソフトでありました。

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コメント

94年のドイツ、荒れたレースでしたよね。
右京さんのロケットスタートもありましたし、リジェが2位3位ですか。
そして仰るようにフェルスタッペンの火災、本当にびっくりしました。
フェラーリ復活請負人のベルガー、良い仕事しましたよね。

>Heikki KOVA2017さん
フェラーリ、いやジャン トッドが本当に欲しいドライバーがベルガーだったそうで。ベルガーはなぜかフェラーリを助けること、何度か。87年も同様でしたが。シューマッハとのベネトンWトレードはショックでしたが。

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